LEON-VALUE

生活碎語、投資生活

母の影

f:id:hikaruhan:20170223102055j:image

「ママ」、子ともが覚える最初の言葉だと思います。
しかし、この一番簡単な言葉を完全に理解するのは容易ではありません。
私は 夏目漱石先生の 「坊ちゃん」を読んで 印象に 残った場面があります。
>
眼に涙が一杯たまっている。
おれは泣かなかった。しかしもう少しで なくところであった。
汽車がよっぽど動き出してから、
もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、やっぱり立っていた。
何だか大変小さく見えた。

>
この部分を読んでいた時、胸が痛くなって、涙が止まらない感じでした。
なんで、なんで胸がそんなに痛くなるんだろう。

>
私が母と一緒に暮らしたのは16歳まででした、中学校に入ったら、二ヶ月に 一回 会うことができました。
「学校に帰るよ」と、私はいったら
母はいつでも「はいはい」と言いながら、煮卵(ゆでたまご)、リンゴ、梨などを私のカバンに詰めました。
モノが足りない時代に ゆで卵でも貴重な食べ物でした。

「そんなもの要らないって、重いし」。私がそう言っても
母は聞こえないように一心に たくさんもの を 鞄に詰めてくれました。

汽車 が 動き出したら、母が だんだん 小さくになって見えなくなりました。

清の姿を通して 20年前の母の面影おもかげを思い出しました。
汽車に手を振っている小さい影、いつまで経っても、忘れません。
>
社会人になって、毎年1回会えますが いつも 簡単な 挨拶をする ぐらいで 帰ります。

2年ほど前、母が病気になって、体が不自由になりました。

去年の夏休み、母 の 見舞いに行った時、手で 母の白髪しらがを撫でて 「いつからこんなに真っ白になったのか。」と思って 急に胸が痛くなりました。

「足を洗って あげようか」私は母に聞きました。
「そんなことはしないでいいよ」

でも、私は母のいうことを聞きませんでした。

母の小さい足を洗いながら、
心の底から「ありがとう」「ありがとう」とつぶやきました。

母は「東京は寒いかい」「外国での生活は辛いかい」「ジョギングはまだやっているの」など聞きました。

遠い国から、私のことをいつも思ってくれます。

>

人生は長いと見えるが、重要なステップ、重要なモノも 幾つか あると思います。

母親の恩はその一つであり、一生掛けても返せない。

いま、やれることを迷わずにやってください。
どんな小さなことでも。